東京高等裁判所 昭和36年(ネ)2881号 判決 1966年9月29日
主文
本件訴訟を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一 双方の申立
控訴人ら訴訟代理人は「原判決を取消す。被控訴人らは控訴人らに対し、原判決添付別紙第一物件目録記載のラジオ受信機を製造し、または譲渡してはならない。被控訴人株式会社加藤産業は控訴人らに対し、原判決添付別紙第二物件目録記載の物件(各金型を含む)を廃棄せよ。被控訴人らはそれぞれ控訴人新井実に対し金七四万円、控訴人ニューホープ実業株式会社に対し金二〇〇万円及び右各金員に対する昭和三五年一月二七日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。控訴費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決並びに右金員支払の部分について仮執行の宣言を求め、被控訴人ら控訴代理人はいずれも主文同旨の判決を求めた。
第二 事実関係
当事者双方の事実上の主張は、次に記載のとおり訂正追加する外は、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人らの主張)
一、原判決事実摘示の被控訴人らの先使用権の抗弁事実に対する認容を、次のとおり一部訂正する。
(一) 昭和三三年二月一日、イー・エム・スチブンス・コーポレーション(以下スチブンス社と略称)と控訴会社間に締結されたトランジスターラジオ受信機の製造販売契約の対象となつたラジオ受信機の意匠は、次のような形状及び模様を有するもので、本件登録意匠のものとは全く異なるものであつた。すなわち、右契約におけるラジオ受信機は、本件登録意匠のものと異なり、
(1) 球体上部には、円筒状突起が設けられており、且つ、その上に著しく突出したツマミがつけられ、
(2) 球体の縦円周面上に、球型キヤビネツトの表面より突出したダイヤル目盛板を付し、
(3) 支持台と球型キヤビネツトとの間の距離が、著しく長く、
(4) 球型ボツクス下方のスピーカー口は、その全表面に三角形の孔が施され、スピーカー枠とはなつていず、
(5) 球型ボツクス下端には、円筒状突起があり、
(6) 球面上には、縦横に細かく経緯度を表わす線が施され、
(7) 且つ、球面上には地図の模様がなかつた
ものである。
(二) 控訴会社は控訴人新井実が昭和三三年二月三日右ラジオ受信機の意匠の登録を特許庁に出願(同年意匠願第一、六九四号)するのと同じ頃から、右意匠によるラジオ受信機の金型の製造に着手した。
(三) しかし、右の金型は、同年二月からその製造にかかつたが、前記のようにその形状が複雑であるため、その製造は極めて困難で日数がかかるので、控訴人新井は、右の契約の対象となつたラジオ受信機の意匠(この意匠も勿論控訴人新井が考案したものであり、前記契約の際、控訴会社より青写真による図面としてスチブンス社側に呈示したものである。)とは別個に、昭和三二年一〇月頃から自ら考察していた数値(少くとも二個以上)の地球儀型トランジスターラジオの意匠の原案について、その意匠としての完成を控訴会社に命じその完成をみたので、昭和三三年四月一八日に本件意匠の登録を出願し、また翌三四年一月二一日にも別の意匠の登録出願(同年意匠願第九九六号)をした。
(四) 一方前記契約の対象となつた地球儀型ラジオの金型は昭和三三年六月頃完成したが、その金型によるラジオは、前記(一)のような意匠のものであり、本件登録意匠のラジオとは、その与える美感においても、またその商品価値においても劣るものであつたので、控訴人新井は、右ラジオとは別個に本件登録意匠によるラジオの金型の製造を同年二月頃から控訴会社に当らしめ、その試作品を完成せしめた。
(五) そして同年五月中頃、控訴会社は前記スチブンス社間の契約に基づくラジオ受信機に代え、右の本件登録意匠によるラジオ受信機をその「見本」としてスチブンス社宛発送した。
(六) そして、その後同年八月からスチブンス社宛右登録意匠によるラジオ受信機を製造の上引渡していたものである。
従つて、前記契約の対象となつたラジオと、本件登録意匠によるラジオとは、その「意匠」において全く異なるものである。
二、スチブンス社には本件登録意匠について先使用権の成立する余地がない。
(一) スチブンス社と控訴会社間の昭和三三年二月一日付契約(丙第一号証)の対象となつた地球儀型ラジオ受信機の意匠と本件登録意匠とはその意匠を全く異にするものであること前記のとおりであつて、右契約の対象となつたものの意匠は、甲第二五号証の地球儀の鉛筆書きスケツチ図面(このスケツチ図は控訴会社において作成し、スチブンス社に提示したものである。)を意匠として具体化した甲第一五号証の二に示すとおりのものである。そしてこの意匠については、右契約の当時に控訴会社とスチブンス社との間に話合いの持たれたことは事実であるが、その際スチブンス社から明確な意匠は示されておらず(地球の形をしたラジオを作りたいとのみの指示があつただけでは、何ら意匠を示されていないと同然であり、地球の形をした写真ないしは図面を示されたのみでも同様に意匠を示されたとはいえない。)控訴会社側の示したものについて意匠の決定をみたものであるから、この意匠についてもスチブンス社の考案であるとすることはできない。また右考案とは異なる本件登録意匠については、スチブンス社は何らその考案に関与していない。
ただ前記の契約(丙第一号証)によれば、「このラジオの意匠に対する一切の権利がスチブンス社に属する云々」と記載して、その契約の対象となるべきラジオの意匠を特定しているが、右のラジオとは前記のように甲第一五号証の二の意匠のものである。そして本件登録意匠は右意匠とは別個に控訴人新井が考案し、昭和三三年四月初めに完成し、同月一八日登録出願をしたもので(前記甲第一五号証の二の意匠については、控訴人新井においてまた別に昭和三三年二月三日その登録出願をしており、この出願は本件意匠の登録査定があつた後昭和三四年一月一六日にこれを取下げている。)であつて、本件意匠については、その出願当時スチブンス社はその存在すること自体すら知らなかつたものである。以上のとおりで、契約の対象となつたラジオと本件登録意匠のラジオとが全く別個の意匠である本件においては、登録意匠についてスチブンス社に先使用権の生ずる余地は全くないものといわなければならない。
(二) 仮りに右主張が認められないとしても、スチブンス社の行為は旧意匠法(大正一〇年法律第九八号)第九条にいう「意匠実施の事業」をしていたものとはいえない。
本件においてスチブンス社は、控訴会社との間で、ただラジオ受信機の製造並びに一手買入れの契約をしたにすぎない。控訴会社はスチブンス社より注文を受け、これと商取引するため、自己の計算においてラジオ受信機を製造して同社に販売していたのであつて、スチブンス社に隷属して、その支店、営業所ないし履行補助者としてラジオ受信機の製造並びに販売行為をしていたものではない。外国の商社が、自己の国内における販売市場を独占するため、日本における企業者と商品の製造及び一手買入れの契約を締結することは、一般に見られるところであるが、かかる場合に、その日本の企業者の企業が外国商社のしている「実施の事業」ということはできない。旧意匠法第九条にいう「実施の事業をなし又は事業設備を有する」とは、自己のため、自己の計算において、実施事業をなし又は事業設備を有するの意に解すべできであつて、控訴会社がスチブンス社のため、スチブンス社の計算において、ラジオ受信機の製造に当つたものでない本件では、これを同社のために同社の計算においてしたものと擬制することはできない。そしてまた、単に金型を共有したことをもつて、「実施の事業」ないし「事業設備」を有したとはいえないものである。本件で、日本国内で意匠「実施の事業」をしているのは、あくまでも控訴会社であつて、スチブンス社ではない。
(三) なお本件でスチブンス社に先使用権があることの根拠とせられるのは、同社と控訴会社間の前記の契約(丙第一号証)であるが、この契約のような場合は、むしろ控訴人新井の考案(本件登録意匠については、まだ出願していないので、出願中の権利でも、また登録意匠でもない。)に対し、控訴会社がスチブンス社に対してその実施権(または再実施)を認めたという契約上の性質をもつにすぎない。かような場合は、旧意匠法上約定による独占的実施権(または再実施権)を与えたにすぎないものであつて、これを法定実施権である先使用による実施権とみることはできない。
(四) また旧意匠法第九条所定の「善意」の意味は、出願者の考案のあることを知らないことと解釈するのが当然であつて、これを「害意」の意味に解すべきものではない。
三、仮りにスチブンス社に本件登録意匠について先使用権があるとしても、被控訴人らの実施は、同社の右権利を実施するものということはできない。
(一) まず被控訴人らがしていた地球儀型ラジオ受信機の製造販売は、スチブンス社ではなくして、リチヤード輸入会社を直接契約の相手方とするものである(乙第一号証)。従つて、被控訴人らは、スチブンス社の先使用権を自己のために援用することはできない。
(二) 次に仮りに被控訴人らの実施がスチブンス社のためにのみされたものであるとしても、スチブンス社及び被控訴人ら間においては、意匠権の再実施につき契約が締結されているわけではなく、また、先使用権に関しては、もともと実施権の設定自体が許されないものである。けだし、先使用権は、当該の事業のためにのみ存する制度であり、事業と分離して先使用権の実施を考えることはできないからである。殊に本件のような、スチブンス社の先使用権の基礎となつた「実施の事業」が、実は控訴会社自身の「実施の事業」である場合においては、特に然りといわなければならない。従つて右の点においても被控訴人らの実施は違法である。
(三) 更に被控訴人らの本件ラジオの製造販売行為が、スチブンス社の有する先使用権を実施するものとしてこれを適法視すべきものと解すべきものとすれば、先使用権の範囲は無限に拡大されることになり、先願主義の例外措置として設けられた先使用権制度の本旨は没却されてしまうものであり、この意味からも本件被控訴人らの行為をもつて、スチブンス社の有する先使用権を適法に実施するものであるとする被控訴人らの主張は失当である。
四、被控訴人らの当審における主張一の(一)のうち(2)、(5)ないし(8)の部分は認めるが、その他の部分はこれを争う。(ただし同(1)のうち控訴会社が地球儀型ラジオ一組当り一六ドル(FOB価格)で製造することを引受けたこと及び(9)のうち控訴会社が注文品の引渡を見本承認後四五日以内に完了することを約したことは認める)。また被控訴人らがその主張の二で主張する控訴人新井が右一において被控訴人らの主張する約定を事前に承認し、または遅くとも昭和三三年四月一一日までには承認したとの事実はこれを否認する。
五、(一) 丙第一号証の契約の対象となつたラジオの意匠と本件登録意匠とは異なるものであることは前主張のとおりである。
(二) 丙第一号証の契約書の文言中には「all rights to the design of this belong to E.M」Stevens corpの記載があるが、ここにいう「all rights」とは、右のラジオの販売に関する一手販売権(exclusive right)を規定したにすぎないものと解すべきである。すなわち、
(1) 右契約締結に至る経過が示すように、もともとスチブンス社は、東芝が有する球型ラジオの意匠(意匠登録第一二五、二一七号)に極めて些細な変更を加えた球型ラジオの「買付」のみを必要としていたにすぎない。
(2) 丙第一号証の契約は、スチブンス社に対して一手販売権と毎月一、〇〇〇台ないし二、〇〇〇台の引取義務を認めるとともに、控訴会社がその生産を保証することを本旨とするものであつた。このことは、単に丙第一号証だけでなく、甲第一〇号証(スチブンス社の一、九五九年四月一五日付控訴会社宛提案)、甲第一一、一二号証(右に対する控訴会社の同月一七日付反対提案)を総合して考えてみれば、契約当事者の意思がどこにあつたかを容易に知り得るところである。
(3) それ故に丙第一号証においてもその標題を「ラジオ(地球儀型)の一手販売の件〔Exclusive radio(Globe Type)〕と表示しているのである。
(三) 従つて丙第一号証の契約書にいう「All rights to the design of this radio」の「rights」が工業所有権の対象としての意匠権を意味するものではない。スチブンス社が本件登録意匠について、日本国はおろか、本国である米国でも意匠権の登録出願をしていなかつたことは、右の事実を推認するに足るものである。(却つて、控訴人新井が米国で右意匠権の登録をしている現状である。同国昭和三四年五月六日出願、昭和三五年八月二三日登録第一八八、七〇三号)。
(四) また右のことは、若し工業所有権としての意匠権がスチブンス社に属するとの意味において前記の表現がとられたものとすれば、スチブンス社の代表者であるクラインが、たとえ米国人であり、その属する国の米国と日本国の法制とに差異があるにしても、およそ外国間の貿易に従事し、工業所有権上の権利を云々せんとする以上は、同人において当然、この意匠についての日本国における出願をどうするか、また権利者と実施権者との間をどう規整するか等について予め協議し権利保全の手段について万全の措置を講じておくべき筋合であるのに、これらのことが全然せられていないことからも窺知できることである。
(五) そしてまた他方控訴会社側においては、前記の契約を、単なる商品取引上の製造並びに一手販売契約としか考えていなかつたものであり、このことは控訴人新井が前記契約締結前の昭和三二年一二月頃から甲第一五号証の二の意匠について特許庁に意匠登録出願を意図していた一連の行動(甲第一三ないし第一八号証参照)がこれを如実に物語るものである。
六、しかもまた丙第一号証に基づく契約は既に昭和三四年四月一八日に解除せられている。
スチブンス社は前記のように右契約上毎月一、〇〇〇台ないし二、〇〇〇台のラジオの引取義務を負つていたにかかわらず、同社はこれを履行しないだけでなく、既に控訴会社から引渡済みのラジオの代金の一部もこれを支払わなかつたので、控訴会社の代表者である控訴人新井は昭和三四年四月に渡米しスチブンス社と種々交渉の末、同月一八日右契約を解除する旨意思表示をした。そしてその後、スチブンス社から受取つていた金型代一、二五〇ドル(及び阪急貿易から受取つていた六二五ドルを)をそれぞれ返還して、丙第一号証の契約によつて生じた一切の債権債務の決済をした。
右次第であるから被控訴人らの援用せんとする丙第一号証の契約は既に被控訴人らの本件ラジオの製造販売輸出行為に先立ち解除せられているのであるから、右契約の存続を理由とする被控訴人らの抗弁はとうてい失当たるを免れない。
七、また丙第一号証のような契約がかつて存在したとしても、本件登録意匠は、既に特許庁においてその登録を認められて、現実に意匠権として確立しているのであるから、被控訴人らが自己において意匠権実施につきその適法権限を具備しない以上、たとえ、スチブンス社が丙第一号証の契約により、かつて何らかの意匠上の権利を取得したことがあるにしても、これを自己のため援用して控訴人らに対抗することはできないものである。
すなわち、スチブンス社と被控訴人ら間には、本件登録の意匠権に関して、再実施契約が締結されているわけでもなく、いわんや控訴人らはこれに同意を与えた事実もない。本件において被控訴人らは、自己の実施行為の合法権限につき何らの主張立証もできないのである。
(被控訴人らの主張)
一、スチブンス社の契約上の地位に基づく抗弁
(一) 控訴会社は昭和三三年二月一日スチブンス社との間に、大要次のような契約(丙第一号証)をした。
(1) 控訴会社はスチブンス社のために、スチブンス社の提供した考案による意匠の地球儀型ラジオを一組当り一六ドル(FOB日本港輸出梱包甲板渡し値段)で製造することを引受ける。
(2) 右ラジオの製造に必要とする金型代二、五〇〇ドルを折半して負担し、金型を共有とする。
(3) 右ラジオの意匠に関する一切の権利はスチブンス社に帰属する。
(4) 控訴会社は右意匠または地球儀型の如何なるラジオも他の如何なる会社のためにも製造してはならない。
(5) 右意匠を変更することが必要な場合は、その見本につきスチブンス社の承認があるまで控訴会社は生産を開始しない。
(6) 控訴会社において商品見本を六〇日以内に完成し、航空便でスチブンス社に送付すること。
(7) スチブンス社は右見本を承認次第直ちに全金額の信用状を開設する。
(8) 控訴会社は月産一、〇〇〇個を生産し、且つ右生産台数は二、〇〇〇個まで増大しうることを保証する。
(9) スチブンス社は最初の注文として五三六個を注文し、控訴会社はその引渡を見本承認後四五日以内に完了すること。
(二) 控訴人新井は控訴会社の代表取締役社長であるが、右契約条項を事前に承認し、または遅くとも昭和三三年四月一一日までには承認した。すなわち、控訴人新井は個人としても右(一)記載の契約、なかんずくその対象となつている意匠に関する権利の帰属に関する定めを承認し、その結果、右定めどおりスチブンス社が右契約に係るラジオの意匠に関する一切の権利を有するものであるとの結果を受忍したものである。
(三) 控訴人新井の登録にかかる本件意匠は、右契約の対象とされた地球儀型ラジオの意匠である。
(四) 右契約によれば、スチブンス社は右の本件意匠について、控訴人らとの関係では、契約上あたかも意匠権者のような地位を与えられたものであつて、控訴人らはスチブンス社に対し、同社が如何なる態様において本件意匠を実施しようと一切これを妨げてはならない契約上の義務を負担しているものである。
(五) 被控訴人らの本件ラジオの製造及び輸出行為は、右のような地位にあるスチブンス社の依頼により、もつぱら同社のためにしたものである。従つて被控訴人らの本件製造及び輸出は、控訴人らに対する関係では、スチブンス社の前記地位に基づく正当な行為であるから、この意味において控訴人らの本訴請求はすでに理由がない。
また被控訴人らはスチブンス社から本件意匠を示され、その意匠についての権利が一切同社に帰属することを前提として、本件ラジオの製造販売を引受けた。そしてその際必要な金型の代金はスチブンス社が負担し、その所有権も同社が保留し、且つ製造にかかるラジオの意匠は一切スチブンス社に帰属することとされ、その結果右ラジオの製造について、スチブンス社は被控訴人加藤産業に対し何らの迷惑をかけないことを保証した。よつて被控訴人加藤産業は、スチブンス社に対する右保証の履行請求権保全のため、同社に代位して同社の控訴人らに対する前記契約上の地位に関する抗弁を援用主張する。
(六) なお前記控訴会社とスチブンス社間の契約の成立及び効力は、準拠法について別段の意思表示がないから、行為地である日本国の法律に従うべきである(法例七条)。そして控訴人らとスチブンス社間の前記契約による製造引受についての約定が当事者間の紛争により事実上行われなくなつたことは、同契約所定の意匠に関する約定の効力に消長を及ぼすものではない。けだし、この種の契約において、意匠についての約定が挿入される趣旨は、正に意匠につき紛争の起きた場合を解決するために必要なものとして予め定められる性質のものであるからである。また丙第一号証の契約における他の約定はいわば当事者間の約定により合意された創設的なものであるが、右契約所定の意匠についての定めはいわば確認的な性質のものであるから、若し仮りに丙第一号証の契約における他の約定の部分が当事者間の紛争により事実上行われなくなり、これが消滅したものとしても、意匠に関する前記約定は解除等に親しまないもので依然として効力を有するものである。それは、もともと本件意匠はスチブンス社の社長クラインが創作考案したものであり、それを控訴人らに示して製造を委託したものであるから、その経緯からいつても前記の意匠に関する条項は当然の結果を確認したに止まるものであつて、契約の他の条項が解除せられても、右条項の効力には何らの消長を来すべき性質のものではないと考えられるからである。
二、控訴人らは丙第一号証の契約の対象となつたラジオの意匠と本件登録意匠とは全く異なると主張するが、これは事実に反する主張である。
(一) 右丙第一号証の契約成立までの経緯を検討すると、まずスチブンス社の社長であるクラインが昭和三二年九月頃東京芝浦電気株式会社の球型ラジオの広告に目をとめたことから事を発し、当初クラインは右広告のものに多少の変更を加えたものの商品化を思い立ち、東芝との商談を始め、同年一一月に至つて阪急貿易株式会社に対し、製図家の手書による地球図を同封して、「球型キヤビネツトの表面に同図に示されるような極めて簡単な世界の球形図を浮き彫りに配する」のがスチブンス社の考案である旨を極秘裡に開陳した手紙を送り、東芝との折衝を依頼したが、結局コスト高のため東芝にその製造を引受けさせることができず、結局、同年一二月に阪急貿易を通じて控訴人新井に右スチブンス社の計画しているラジオの製造方研究に協力を求め、翌三三年一月末にはスチブンス社から社長のクライン及び副社長のベントリーが来日し、控訴会社の代表権を持つ常務取締役の大原弘及び社員の高山仲彦と会談し、市販の学童用地球儀を使つて直接具体的にクラインの考案を説明した結果、遂に翌二月一日丙第一号証に示される合意に到達したものである。従つて仮りに右会談の際に球面に地図の模様のない甲第一五証の二のような図面が控訴会社側から示された事実があつたとしても、右経緯自体が示すとおり、丙第一号証の契約の対象となつたラジオの意匠が球面に地図の模様のないものであることはとうていあり得ない事実である。
(二) もともとクラインの意匠は、前記のように、東芝の球型ラジオの広告にヒントを得て考案されたものであるが、東芝の球型ラジオ(甲第十四号証の二)は、
(イ) 浅い伏椀状の支持台上に
(ロ) 下方には肋梁で区劃された放射状の窓孔があるが、全体として球に構成したキヤビネツトを垂直に載せ
(ハ) このキヤビネツトの緯中央に帯状の環状枠を取付け、その上端緯には広帯状の環状ダイヤル目盛板(ツマミ)があり、且つ頂部に大きなノブのあるものであるが、
これに、クラインの意図した
(イ) キヤビネツトの表面に世界地図を配し、陸と海とに分けて浮き彫りした模様を表わし、
(ロ) キヤビネツトを傾斜させることにより全体として地球儀を型どつたラジオとするとともに、
(ハ) 上端のツマミ及び頂部のノブを球面から取除く
こととすると、控訴人新井が登録出願をしてその登録を受けた本件意匠と、その外観においてほぼ一致するのである。
すなわち本件意匠は、その意匠公報(甲第四号証)に掲げられた六葉の図面代用写真に示されるラジオ受信機の形状及び模様の結合であるが、右図面代用写真によると、本件意匠は、
(イ) 支持台に浅い伏椀状の頂部に頸部を突設して構成され、
(ロ) キヤビネツトは表面に世界地図を表わした球状ボツクスの下方を緯に切載して椀状をしたスピーカー枠を取付け、全体として球に構成し、
(ハ) このキヤビネツトは支持台の頸部に下端を取付けた半円周状の弧状枠により経が、また該弧状枠の中央両側に両端が達する環状枠により赤道に沿い緯がそれぞれ取付けられるとともに、
(ニ) スピーカー枠の中心を通る軸心が弧状枠に向つて経に傾斜するように、支持台上に斜めに指示されており、
(ホ) 弧状枠には上端に音量ツマミを取付けるとともに、長手方向に沿つて溝を縦設し、溝内に同調ツマミを位置させ、
(ヘ) スピーカー枠には肋梁で区画された窓孔を放射状に設け、
(ト) 伏椀台上の下面には凸形板を対角方向に二本の螺子で取付け、同縁には突起を隆設した。
形状及び模様の結合をその考案要旨とするものであるというべきであるが、右(ト)は下方から見たところであるから、通常の用法においては外観とはいい難く、右(イ)及び(ヘ)は、東芝の球型ラジオにも類似の点が認められ、(ロ)及び(ニ)はクラインの考案そのままであり、(ハ)のうち環状枠は東芝の球型ラジオに既に存在したのであるから、結局音量ツマミと同調ツマミの位置及びそれを備える弧状枠が残されるだけとなる。そして丙第一号証成立当時(ツマミ)の個所についてもクラインより指示がせられており、三三年二月一日付である丙第一号証の契約の対象である意匠が、既にそれ以前の同年一月二一日付で控訴会社から村田弁護士に送付されている甲第一五号証の二(これには世界地図は表わされていない。)のものと全く同一であることはあり得ないものである。
(三) そして丙第一号証の契約当時の意匠と本件意匠との間に、仮に多少の異動があるとしても、もともと同号証による契約によれば、意匠の多少の変更は予定されており、その変更されたものを含めた意匠についてのすべての権利はスチブンス社のものであることが約束されている以上、さして問題とさるべきことではない。
まして本件では、スチブンス社は昭和三三年二月一五日控訴会社に鋳型代として一、二五〇ドルを支払い、控訴会社は同年四月一一日製品見本を完成し、一台をスチブンス社の買付代理人の阪急貿易に引渡し、右見本は同月二一日スチブンス社に向け船積せられ、右見本の承認のあつた後である同年七、八月頃から丙第一号証の契約に基づき継続して本件意匠のラジオ受信機を製造し、引渡し、またこれが受領されて来たものであるから、本件意匠が右契約の対象とされた意匠ではないとはいい得ないものである。
(四) 控訴人らは、本件意匠は、昭和三一年一〇月頃控訴人新井が考案していた数種の地球儀型トランジスターラジオの意匠を原案として完成されたものであると主張する。しかし、(イ)同年一二月クラインの考案したラジオの製造を阪急貿易の古田重郎から相談を受けた控訴人新井が、吉田に対し何らそれらしい話をしていないこと、(ロ)それ以前に東芝の球型ラジオの意匠登録の有無すら調べていないこと、(ハ)従つて、金型の費用、内部に設置するラジオの種類構造等の研究も、それ以後急遽調査計算等を開始していること、及び(ニ)丙第一号証作成当時控訴人らから何ら意匠についての権利の主張がなかつたこと等の事情から考え、右控訴人らの主張事実はとうてい認め得べくもない。ただ甲第一五号証の二の作成日付は昭和三二年一〇月三〇日とせられており、その頃控訴人らが球型ラジオの青図を作成済みであつたかのようにも見えるが、控訴会社は翌年一月二八日にも「球型ラジオ」の図面を作成し翌二月三日にその意匠の登録を出願しているところから見て、控訴人らが阪急貿易を通じて入手した情報に基づき、クラインの考案につき、あれこれと推測しては試みに製図していたことが推測せられ、これに前記(イ)ないし(ニ)の事情を勘案すれば、甲第一五号証の二はその日付の日に作成されたものかどうか甚だ疑わしい。
なお控訴人新井は昭和三四年意匠願第九九六号をもつて、球型キヤビネツトに緯線経線を施した「球型ラジオ」を地球儀型としてその登録出願をしており、これは東芝の球型ラジオに類似するとの理由で拒絶査定を受けているので、若し本件意匠が控訴人ら主張のとおり、控訴人新井の数種の原案中の一を完成させたものであるにしても、もともと控訴人新井の原案には(仮りにあつたとしても)世界地図を模様とするとのアイデアは含まれていなかつたと考えられる。
いずれにしても、丙第一号証の契約の対象とされた意匠は世界地図を表わしたものであり、本件意匠と殆んど同一のものであつたこと前記のとおりであるから、丙第一号証の契約の対象とせられたものの意匠と本件登録意匠とは全く異なるとする控訴人らの主張はこれを認めることはできない。
三、スチブンス社の先使用権に基づく仮定的抗弁。仮りに前記一の抗弁が認められないとしても、被控訴人らの本件ラジオの製造販売輸出行為は、スチブンス社の先使用権に基づいてした正当なものであること原審以来主張するとおりである。
(一) スチブンス社は、控訴人新井が本件意匠の登録を出願した際、善意に帝国内でその意匠実施の事業をなし、または事業設備を有する者であるから、旧意匠法第九条による先使用権を有し、本件登録意匠につき事業の目的たる意匠の範囲内で実施権を有する。すなわち
(1) (意匠実施事業または事業設備)
スチブンス社は、前記昭和三三年二月一日の契約(丙第一号証)の締結の際、クラインの考案にかかり、同社が登録を受ける権利を譲受けた、本件登録意匠と同一の意匠を控訴会社に示し、その意匠のラジオ受信機を製造すること、その製品はスチブンス社にのみ引渡すべきこと、右意匠と同一ないし類似の意匠に関する一切の権利はスチブンス社に帰属すること等の約定の下に、控訴会社に本件意匠のラジオ受信機の製造を請負わせた上、控訴会社に対して同年二月一五日金型の代金の四分の三に当る一、八七五ドル(内四分の一はスチブンス社の代理店である阪急貿易が分担)を支払つた。
控訴会社は、右約旨に従いその全設備を動員して直ちに本件意匠と同一意匠のラジオ受信機の製作に着手し、控訴人新井が本件意匠の登録の出願をした昭和三三年四月一八日の前である同月一一日には金型はもとより、それに基づく製品見本を完成し、同月二一日には右丙第一号証の契約に基づいて、スチブンス社に見本の出荷をする段階に達していた。右事実はまさに、本件意匠の登録出願の際、スチブンス社がその意匠実施の事業をなし、又は事業設備を有していたことを示す。けだし「実施の事業」及び「事業設備」に相当する「物の製作行為」及び「金型を初めとする他の機械設備」が存在しており、且つ右製作行為は、もつぱらスチブンス社のために行われた上、設備中重要な金型の共有権はスチブンス社に属していたからである。元来本件のように自己の事業のため自己の考案を他人に示し、自己に継続して従属する右他人の企業設備を活用して物品の製造に当らせ、或いは右他人に自己の事業設備を利用せしめて製造に当らせることは、今日における企業規模の拡大する傾向に照して考えれば、やはり自己の製造をするものというべきであるから、本件においてスチブンス社に先使用権を認むべきは当然である。
(2) (意匠の一致)
先使用権発生の用件として、実施事業等の目的たる意匠と登録意匠とが一致することが要求されるが、その一致は共通的考案が存すればよいとされる。本件で丙第一号証の契約の対象となつたラジオの意匠と、後にスチブンス社が費用を分担した金型で作成し、前記の日に見本として送付せられた受信機の意匠とは、すべて本件登録意匠と同一であつたことは既に述べたとおりである。
(3) (善意の実施事業又は事業設備)
旧意匠法第九条の「善意に」の解釈については説が分れるが、いずれにしても、スチブンス社は自己が譲り受けたクライン考案の意匠を示し、且つ自己に意匠上の権利が一切帰属することを確約せしめて控訴会社に実施させたもので、控訴会社の社長である控訴人新井が、ほしいままに登録出願をした事実を知る由もないのであるから、スチブンス社が善意に事業を実施していたことには問題はない。
(二) 被控訴人らの本件ラジオの製造販売輸出行為はもつぱらスチブンス社のためのものであること原審以来主張のとおりであるから、被控訴人らの右行為はスチブンス社の有する先使用権の実施行為であつて、これを違法視さるべき筋合のものではない。
仮りに被控訴人加藤産業の行為がスチブンス社の有する先使用権の実施と認めることができないとしても、同被控訴人は前記一の(五)で主張したスチブンス社と同被控訴人間の前記保証の履行請求権を保全するためスチブンス社の有する右先使用権を代位行使する。従つて同被控訴人は右スチブンス社の先使用権をすべて援用できるものであつて、控訴人らの同被控訴人に対する本件請求はいずれも失当である。
なお控訴人らは、被控訴人らのしたラジオ受信機の製造販売はスチブンス社のためのものではなく、リチヤード輸入会社を契約の相手方とするものと主張する。そしてなるほど乙第一号証及び丙第八号証によると、形式上はリチヤード・インポート社から被控訴人サスーンに発注され、同被控訴人から被控訴人加藤産業に更に発注されたことになつてはいるが、右リチヤード社の社長はクラインが兼任し、スチブンス社と資本系統も同一で密接な関係にあり、本件ラジオの発注も、その実体は、スチブンス社から被控訴人らにせられ、その契約関係も直接スチブンス社との間に生じたものである。従つて控訴人らの右主張も理由のないものである。
四、(一) 丙第一号証による契約は一手販売契約と解する余地はない。
(1) 控訴人らは丙第一号証の標題が「ラジオ(地球儀型)の一手販売の件」と表示せられているというが、原文は単に「Exclusive radio(globe Type)」と記載せられているだけであるから、これを正確に翻訳するとすれば「独占的ラジオ(地球儀型)」と訳すべきで、そこにはどこにも「一手販売」と訳すべき文字はない。そして「Exclusive radio」は、むしろ本文との対比において読むときは、「スチブンス社の独占する意匠(地球儀型)のラジオ」と解するのが至当である。
(2) 控訴人らは、丙第一号証の文理と全く相容れない控訴人らの意図を(その真否はともかく)そのまま丙第一号証の内容であると主張しているが、特に書面に作成せられた合意であれば、その内容は文理に従つて先ず判断せらるべきであり、みだりに一方当事者の意図や動機を持ち出すべきものではない。特に、言語風習を異にする当事者間の渉外契約では、まず文理をもつて両者の意思の合致点を確定すべきものである。
(3) 控訴人らの側で契約時に、特に、「金型の所有権は共有とする」旨の留保条項を挿入せしめたことは、控訴人らにおいても文意を検討し、且つ反対個所があれば指摘し得たことを推認せしめるものである。
(4) スチブンス社において、控訴会社から月一、〇〇〇台ないし二、〇〇〇台のラジオ引取りを約したことは知らない。丙第一号証に表わされた限りでは、単に控訴会社においてスチブンス社に対し、月産一、〇〇〇台ないし二、〇〇〇台の生産能力があると保証しているにすぎない、若し、一手販売契約であつたとすれば、控訴人ら主張のように引取数量は控訴会社にとつて重要な契約条件であるから、丙第一号証中に記載されている筈のものであるが、その記載がなく、反対に控訴会社の他への販売を禁じているのは、むしろ丙第一号証による合意が、単にスチブンス社の注文による台数の製造を引受けるためのものであつたことを示す。
(二) 控訴人ら主張の丙第一号証による契約の解除は法定解除としての要件を具えていない。けだし、違約は販売禁止条項に違反した点において、もつぱら控訴会社側にのみあつたからである。従つて控訴人ら主張の事由による契約解除のあつたことはこれを否認する。
五、なお本件意匠権の登録が無効であるとの主張はこれを撤回する。
第三、証拠関係(省略)
理由
一、控訴人新井が昭和三三年四月一八日出願、昭和三四年二月一〇日登録にかゝる原判決添付別紙第三目録記載の「図面代用写真に示すとおりのラジオ受信機の形状及び模様の結合」を登録申請の範囲とし、指定物品を「ラジオ受信機」とする第一四六、八五四号意匠権の登録を受けたこと、右登録意匠につき昭和三五年八月一七日付をもつて、その意匠権の二分の一の持分を控訴会社に譲渡する旨の登録のせられていることは当事者間に争いがなく、被控訴人らは当審に至つて右意匠登録が無効であるとの主張はこれを撤回したので、控訴人新井が当初右登録意匠権を取得し、その後その二分の一の持分が控訴会社に譲渡せられ、少くともその譲渡登録の日以後控訴人らが右意匠権の共有権者であることは被控訴人らもこれを争わないものと認められる。
また被控訴人加藤産業が同サスーンの注文によつて、昭和三四年六月から同年一二月に至るまでの間に地球儀型六石トランジスターラジオ受信機を少くとも一、五九八台製造しこれを右サスーンに引渡し、サスーンはその頃これを米国に輸出販売したこと、右ラジオ受信機の意匠は、球体の表面上の世界地図の海域部分に軽度線及び緯度線を示す縦横の線が施してある外は、右登録意匠と同一であること、被控訴人加藤産業が原判決添付別紙第二物件目録記載の物件を所有所持していること及び控訴会社が昭和三二年一二月頃阪急貿易株式会社を通じてスチブンス社からトランジスターラジオ受信機の引合いを受け、昭和三三年二月一日両者間に少くともその製造販売に関する契約が締結せられ、該契約に基づいてスチブンス社は同年二月一五日に金型の代金として少くとも一、二五〇ドルを控訴会社に支払い、控訴会社はその頃から右ラジオ受信機の製造に着手し、同年七、八月頃から昭和三四年二月までの間少くとも二、八五〇台を製造してスチブンス社に引渡したことは、いずれも当事者間に争いがない。
そして右当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない甲第四号証(本件意匠の意匠公報)を対照考察すれば、被控訴人サスーンと同加藤産業との前記昭和三四年六月から同年十二月までの取引にかかるラジオ受信機の意匠は、本件控訴人らの有する登録第一四六、八五四号意匠権の意匠と多少の相違がないではないとはいえ、その差異はこれを意匠として見るとき全く微差にすぎないものというべきであつて、全体としてこれを同一意匠のものと見るのを相当とする。(被控訴人らもこの点は格別に争つてはいない)。従つて被控訴人らに、右行為を正当ならしめる格別の事由の存しない限り、被控訴人らの右行為は、控訴人らの本件意匠権を侵害したものといわなければならない。
二、そこでまず被控訴人らの先使用権の抗弁について審究する。
成立に争いのない甲第一四号証の二、第一九号証、丙第一号証、第二号証の一、二、当審証人大原弘の証言により成立を認める甲第一三号証、第一四号証の一、第一五号証の一、二(但し、第一五号証の二の作成年月日の部分については後に説明)。第一六ないし第一八号証、第二四号証、原審証人大塚無源の証言により成立を認める乙第一、二号証、証拠保全による証人エドワード・クラインの証言により成立を認める丙第四、第七号証、原審証人古田重郎の証言により成立を認める丙第五、第六号証、当審証人星野勇の証言により成立を認める丙第八号証、第九号証の一ないし五に、原審及び当審証人大原弘、古田重郎、星野勇、原審証人高山仲彦、大塚無源、当審証人村田有史、証拠保全による証人エドワード・クラインの各証言並びに原審における控訴会社代表者兼控訴本人新井実の供述(右各証言及び供述中後記措信しない部分はこれを除く)を総合すれば、次の事実が認められる。
(一)(1) 昭和三二年九月頃米国ニューヨーク市所在スチブンス社の社長であるエドワード・クラインは東京芝浦電気株式会社が、ある日本貿易雑誌上に掲載した球型ラジオの広告に目をとめ、その球型のキヤビネツトに些細な変更を加えることにより商品価値を増大せしめ得ることに思い至つた。すなわち右雑誌上に掲載された球型ラジオの表面には赤白の彩色による花模様があり、球型キヤビネツトの上部には放送局を選定する「ツマミ」が付いており、その頭部に大きい「ノブ」が付いていて支持台上に垂直に載せられていたが、クラインはこれを斜めに載せ、且つ右「ノブ」を取除くことを考え、ともかく右の球型ラジオについて東芝と取引をすることができるかどうかにつき同月二七日附の書面で直接東芝宛照会したが返事を得ることができなかつたので、更に同年一〇月一七日付の航空郵便をもつて同社の日本における買付代理人である阪急貿易株式会社にその折衝方を依頼した。しかし東芝の回答は価格の点で大きな開きがあつたので、同年一一月六日付の航空郵便で再び阪急貿易に対し極秘で同社の考案を書きしるすとして、「球状架構の型は、われわれがまさに望んでいるものであり、われわれの考案を受け入れ得るものである。われわれはこの架構上に丁度添付の地球儀図上にあるように極めて簡単に示される浮き彫りされた世界の球形図を配するつもりである。……われわれの欲する球体の正確な色は指定」する旨を記載した上、右添付の図としては、外国雑誌の切抜きで、縦横それぞれ二寸と五寸位の長方形の紙に、東半球と西半球とが引き延された形で印刷され、配色は、陸地は緑、山が茶色、海が青とせられたものを同封し、球型キヤビネツトの中に入れるラジオはトランジスターのものでなく真空管構造のものでもよいとして更に東芝との交渉方を依頼したが、これまた不調に帰した。
(2) その後阪急貿易は他の一流電気メーカーと交渉したが、これまた成立に至らず、同年一二月になつてラクサー貿易会社から入手した広告の切抜きで控訴会社を知り、阪急貿易の古田重郎が同月一一日控訴会社の社長である控訴人新井に会い、前記のスチブンス社からの切抜きを示し、また東芝との間の話をした上でスチブンス社の計画しているラジオの製造についての研究と協力とを求めた。控訴人新井はこれに対し非常に興味を持ち、ミシン等に関するカタログで地球儀の図面の記載のあるものを示し、当時かようなものが流行しているとて、これをラジオに使うことは賛成であると、東芝の意匠についての登録の有無、若しこれが登録のある場合についての牴触の関係等の調査及び右の製造についての研究及び協力を約した。そしてその際、控訴人らは地球儀型の意匠をもつた球型キヤビネツトの金型を準備すること、球型キヤビネツトの素材はプラスチツクにするが、如何なる種類のプラスチツクにするか、また浮彫りの地球を表わすスチブンス社送付の写真に従つた意匠及び色彩等については、東芝の球型ラジオを研究のため購入した上で決定する等の話合いがせられ、なお控訴人らはトランジスターの内部の回路と受信機の青写真を準備することとなつた。
(3) そこで控訴人らは早速同年一二月一四日東芝の球型ラジオの意匠登録の有無の調査方を弁理士村田有史に依頼したところ、既に意匠登録第一二五、二一七号として登録済みであることが判明したが、更にその意匠とスチブンス社の考えている地球儀型のものとの牴触関係を検討することとなり、なお控訴会社側の意見では浮彫りは内側からするのがよいというので、それについての意見もスチブンス社にその問合せがせられた。
(4) 控訴会社側では右牴触についての調査をすべく、翌三三年一月一三日付の手紙に地球儀型ラジオの図面(この図面は文房具店に売つている地球儀とほぼ同じ型のものを鉛筆書きで単にスケツチしたにすぎないものであつた。)を同封してその調査を村田弁理士に依頼し、不牴触の旨の回答を得た。しかしその頃既に控訴人らの方では右地球儀型のラジオについての意匠登録の意図を持つており、村田弁理士からその出願のためには右のような図面ではなく青図としての完全なものが必要である旨の連絡を受け、同月二一日付同弁理士宛の手紙に甲第一五号証の二の図面(青写真)を同封して、その登録出願方を依頼した。そして右の出願は次に記載の丙第一号証の契約の後ではあるが同年二月三日に控訴人新井の名義でその手紙がせられた。
(5) 以上のような状況にあるとき同年一月末にスチブンス社から社長のクラインと副社長のベントリーとが来日し、控訴会社で控訴会社の代表権をもつ取締役の大原弘及び同社の営業担当社員であり英語のわかる高山仲彦と会談し、その会談には阪急貿易の古田重郎も立会った。(控訴人新井は当時渡米中で右会談には加わらなかつた)。そしてその席上でクラインは自己の考案にかかる意匠について説明し、控訴会社側からも既に作成せられていた前記甲第一五号証の二中の中央の図面(正面図)が示され、文房具店で市販の地球儀をも用いて種々討議がせられ、その際クラインから「ツマミ」の部分、「支持台」の部分等についても指示があり、結局クラインの構想を基礎とし、勿論甲第一五号証の二のものとは異なり、球面上に地球の図を浮彫りにするものとして、大体の基本的構想が定められ、細部については製造上の都合等もあり、なお控訴会社側で検討することとし、金型の作成その他の取引条件についても意見の一致を見、翌二月一日には控訴会社とスチブンス社間に丙第一号証による契約が締結せられた。そして右約旨の大要は、
(イ) その対象である地球儀型ラジオの型は当初スチブンス社より控訴会社に提供のもので、控訴会社はスチブンス社のために右型の六石トランジスターラジオを一組当り一六ドル(FOB日本港輸出梱包甲板渡し)で製造する。
(ロ) 右ラジオの意匠に関する一切の権利はスチブンス社に帰属する。
(ハ) 控訴会社は右意匠または地球儀型の如何なるラジオも他の如何なる会社のためにも製造してはならない。
(ニ) 右ラジオの製造に要する金型代二、五〇〇ドルは折半して負担し、金型は共有とする。(金型の所有権は、はじめスチブンス社に全面的に帰属する旨提案されたが、両者協議の末上述のようになつた。)
(ホ) 控訴会社において右金型による見本を六〇日以内に完成し、航空便でスチブンス社に送付する。
(ヘ) スチブンス社は右見本を承認次第直ちに全金額の信用状を開設する。
(ト) 若し右意匠を変更することが必要なときは、その見本につきスチブンス社の承認があるまで控訴会社は生産を開始してはならない。
(チ) 控訴会社は月産一、〇〇〇個の生産をし、且つ右生産台数は二、〇〇〇台まで増大し得ることを保証する。
(リ) 控訴会社は注文品の引渡を見本承認後四五日以内に完了する。
というにあつた。
(6) スチブンス社は同月一五日右金型代金の半分である一、二五〇ドルを控訴会社に支払い、また同社の買付代理人である阪急貿易株式会社から更に右代金の四分の一に当る六二五ドルが同日控訴会社に渡された。
(7) 控訴会社は右約定に従つて金型及び見本の作成に着手し、その見本は同年四月一一日頃には完成して、同月二一日にはその一個をスチブンス社宛航空便で送付し、同社の承認を得てその本格的な製造に着手し、同年七月、八月頃以降翌三四年三月頃までの間右見本と同一の品をスチブンス社に納入し、同社はこれを米国内で販売した。
(8) 右見本の意匠は当初クライン等との会談の際話合つたものに相当の変更を加えたものであつたが、これは大体において現実製作上の難易等の関係から加えられたものであつて、地球儀型のトランジスター・ラジオのものとしての基本的構想には変りのないものであつた。
(9) 控訴人新井は右見本のものの意匠について、先に甲第一五号証の二のものについてした登録出願とは別に、同年四月一一日付書面で村田弁理士にその出願方を依頼し、同月一八日その登録出願をし、本件意匠の登録を受けた。
(二) スチブンス社は右のようにして控訴会社と本件ラジオの取引をしていたのであるが、昭和三四年四月頃両者間に右取引についての紛争を生じ、その取引を止めざるを得なくなるに及んで同年五月末頃被控訴人サスーンに本件ラジオの注文を発し、同被控訴人はこれを承諾の上、更に被控訴会社にその製作納入方を注文し、被控訴会社もまたこれを承諾してその製造をすることとなつたものであるが、右三者間の契約においては、その対象とするラジオはその見本をスチブンス社において提供し、すべてそのとおりのものを製作納入すべきものとし、被控訴人両名ともスチブンス社以外の者のために同種のラジオを製作販売することはできず、スチブンス社からの発注があつた場合にだけその製作納入をすべきものと定められ、被控訴会社は右約定の下に本件ラジオの製造をしてこれを被控訴人サスーンに納入し、同被控訴人またこれをスチブンス社だけに輸出納入していたものである。
右のとおりに認められるところであつて、原審及び当審証人大原弘、原審証人高山仲彦、証拠保全によるエドワード・クラインの各証言並びに原審における控訴会社代表者兼控訴本人新井実の供述中には右認定とその趣旨を異にする部分があるが、これを採用することはできず、他に右認定を左右するに足る資料はない。
三、そして前項(一)の認定事実からすれば、
(一) 本件地球儀型ラジオの意匠は、その当初においては、ただ東芝の球型ラジオに或る程度の変更を加え、球型のラジオを斜めに傾けた地球儀型のものとし、これに地球の図面を浮彫りにするという程度の抽象的なものではあつたが、その当初の発案者はスチブンス社のクラインであること、
(二) 控訴人新井は、阪急貿易の古田から右クラインの構想についての話を受けるまで地球儀型の意匠についての関心は持つてはいたが、これをラジオの意匠として使用することまでは、まだ考えていなかつたこと、
(三) 控訴人新井は前記のクラインの着想を右の古田を通じて知り、その具体化についての研究を控訴会社員に命じ、控訴会社においても昭和三二年の暮以降その研究に着手し、翌三三年一月二〇日頃までには甲第一五号証の二の青図を作成できる程度にまでは到達していたこと(甲第一五号証の二の図面の作成日時欄には一、九五七年一〇月三〇日の記載がある。しかし前示甲第一三号証、第一四、第一五号証の各一、二に当審証人村田有史の証言を合せ考えれば、控訴会社が球型ラジオについて東芝が意匠登録を受けているか否かの調査方を村田弁理士に依頼したのが昭和三二年一二月一四日のことであり、また地球儀のものが、右東芝の登録意匠に牴触するか否かの調査を依頼したのは翌三三年一月になつてからのことであつて、その依頼については同弁理士からの要求で控訴会社は同月一三日付の書面に地球儀型のものの図面を同封送付しているが、これは単に市販の地球儀を鉛筆書きでスケツチしたに止まるものであり、同弁理士から出願するならかようなスケツチでは足らず、青図として完全なものを作れとの指示があり、その指示に応じて同月二一日付書面に同封送付せられたのが前記の甲第一五号証の二の図面であることが認められ、右事実関係からすれば、右図面の作成年月日が前記のように昭和三二年一〇月三〇日とせられているのは事実に合致するものではなく、その日附は遡記せられたものと認めざるを得ない。)
(四) そこで昭和三三年一月末におけるクラインらとの会談では、控訴会社側から右甲第一五号証の二中の中央の図面が示され、また市販の地球儀をも用いて種々討議がせられたのではあるが、クラインの側でもそれまでには当初の発案について相当具体的な構想もできており、その構造に基づく指示もあつて、結局このクラインの構想を基礎として、その考案の具体化が計られ、大体においてその意匠の確定を見たこと(控訴人らは丙第一号証の契約の対象となつたものの意匠は甲第一五号の二のものであると主張する。しかし、右甲第一五号証の二のものには地球の図面が表わされていないのであり、クラインの当初からの構想が地球の図面を浮彫りする点にあつたことから考え、前記の会談における結論及び丙第一号証の契約の際の対象とせられた意匠が甲第一五号証の二のものであるとは、とうてい考えられない。)
(五) しかし現実製作の面からの要請もあることではあり、右会談及び丙第一号証作成の際も、右意匠の細部についてはなお変更の要がある場合が予想せられたのでその変更は一応控訴会社側にまかされたが、その変更についてはスチブンス社側の承認を要するものとせられたこと、
(六) そしてその意匠の当初の発案者はクラインであり、またその基本的構想は右クラインの着想からとつたものであることから、控訴会社側も右意匠についてのすべての権利がスチブンス社側にあることを認めたものであること、
(七) 右意匠はその後金型等作成の段階で相当程度の変更が加えられたが、これは前記の話合いによるものであり、その変更は大体現実製作の場合の難易等の関係上加えられたもので、これをスチブンス社が承認したものであつて、この変更が加えられたからといつて前記契約における意匠に関する権利の帰属条項には何らの変更もあるべき性質のものではなく、従つてまた、右丙第一号証による取引も、右変更せられた意匠によるものを対象物として双方異議なく実行せられたものであること。
(八) 従つて右変更后の意匠は相当程度丙第一号証の契約当時のものとは変つてはいても、これが右契約の対象となるべき意匠には相違がなく、この最後に確定せられた意匠についての権利がスチブンス社に帰属したものであること、
(九) 控訴会社は右契約に従つてその所定のラジオ受信機を製造し、これをスチブンス社だけに販売引渡していたものであり、別に同社の隷下にある支店、営業所等の関係にあつたものではなく、自己の計算において右の取引をしていたものではあるが、前記の意匠にかかるラジオ受信機の製造販売について、これをスチブンス社以外の者のためにすることはできない拘束を受けており、専らスチブンス社のために同社の有する意匠を用いて右の製造販売をしていたにすぎないものであり、スチブンス社はこれを業として他に転売していたものであること、
(一〇) 控訴人新井は、控訴会社とスチブンス社間の前記の契約上はスチブンス社に属するものと定められた前記最後の意匠についてその登録出願をし、本件意匠権の登録を受けたものであること
が認められる。
四、ところで旧意匠法第九条は「意匠登録出願の際現に善意に国内においてその意匠実施の事業を為し又は事業設備を有する者はその登録意匠につき事業の目的たる意匠の範囲内において実施権を有す」る旨を規定しており、右にいわゆる「善意に」とは、当該事業ないし事業設備の対象となる意匠についての考案が「他人に帰属することを知らないで」との趣旨であると解するのが相当であり、また「実施の事業をなす」というのも、単に自己の有する事業設備を使用し、自らの手によつて直接その製造販売等の事業をしている場合だけでなく、他人の設備を利用し、その他人をして自己のためのみに、自己の有する意匠を使用せしめて、その意匠に係る物品を製造せしめ、その販売引渡しをなさしめてこれを他に転売する場合もまたこれに当るものと解するのが相当である。
そこで本件についてこれを見れば、スチブンス社は、控訴人新井の本件登録意匠の登録出願の際、現に我が国内において前記の趣旨において控訴会社を介して右登録意匠実施の事業をしていたものであり、また右実施に当り、右意匠が自己に属することを信じていたものであつて、控訴会社は固より控訴人新井に右意匠が帰属するとは全然これを考えず、また固よりこれを知らなかつたものであるから、右実施は全く善意のものというべきである。従つてスチブンス社は、本件登録意匠について、これを使用してのラジオ受信機の製造販売について先使用による実施権を有するものと解すべきことは明らかであるといわなければならない。
そして前記二の(二)の認定事実からすれば、被控訴人らは右スチブンス社の注文により、専ら同社のためにのみ本件ラジオ受信機の製造販売ないし輸出をしたにすぎないものであるから、右被控訴人らの行為もまた前記スチブンス社の有する先使用権の範囲内の適法なものであり、これをもつて控訴人新井の有する本件意匠権を侵害するものとすることはできないものといわなければならない。
五、(一) 控訴人らは本件登録意匠と丙第一号証の契約の対象となつた意匠とは異なると主張し、スチブンス社は本件意匠の出願当時その存在自体すら知らなかつたものという。そしてなるほど前記認定事実から明らかなように、本件登録意匠は丙第一号証の契約当時のものに比し相当の変更が加えられたものであり、その変更せられた意匠による見本がスチブンス社に送られたのは、右意匠の登録出願の日である昭和三三年四月一八日より後の同月二一日のことであるから、本件登録意匠の出願当時においては、スチブンス社はその意匠の詳細な内容についてはこれを知らなかつたと見るのが相当であろう。しかし当審証人古田重郎の証言によれば、スチブンス社の買付代理人である阪急貿易の古田は、右見本の送付前に、その全部ではないが、上の半分だけでき上つた半製品は既にこれを控訴会社から見せられている事実が認められるだけでなく、本件丙第一号証の契約においては、その対象とする意匠について或る程度の変更の加えられることは既に予想せられており、その変更については現実製作に当る控訴会社側にこれを一任し、しかもその変更せられたものの権利もスチブンス社側に属することを認めていた(これは意匠の基本的構想がスチブンス社側から出たことによるものであり、従つて本件登録意匠が右基本的構想から離れた別個独立のものともなれば、また別途考慮を要することともなろうが、本件登録意匠が右の基本的構想から離れたものといえないことは前記の認定事実を総合すれば明らかなところであつて、また事実控訴会社は、本件登録意匠によるものを丙第一号証の対象物としてスチブンス社にその製作交付をしていること前記のとおりである。)のであるから、スチブンス社側が本件出願当時その出願意匠の詳細を知らなかつたにせよ、右意匠に関する権利が丙第一号証の契約の対象とせられており、その権利がスチブンス社に属するとの約定には何らの変更もなく、これが有効に存在していたものと認むべきことは明らかであるから、右控訴人らの主張はとうていこれを採用することはできない。
(二) 控訴人らはまた丙第一号証の契約は、控訴人新井の考案につき控訴会社がスチブンス社にその実施権(または再実施)を認めた趣旨のものにすぎないともいうが、その然らざることは既に説明したところからして明らかである。
(三) 控訴人らはまた被控訴人らのした本件地球儀型ラジオ受信機の製造販売はスチブンス社のためではなく、リチヤード輸入会社のためであると主張する。そして前示乙第一号証によれば被控訴人サスーンに対する本件ラジオの当初の購入注文書がリチヤード輸入会社から出されたものであることはこれを認めるに足るのであるが、前示乙第二号証、当審証人星野勇の証言により成立を認める丙第九号証の一ないし五に原審証人大塚無源、原審及び当審証人星野勇の右証言を総合すれば、リチヤード輸入会社はスチブンス社の社長であるクラインが社長をしている同系の会社であつて、右乙第一号証が右会社名で出されたのはただ形式だけであつて、その実際の注文者はスチブンス社であり、従つてまた右注文書に対する注文受書である乙第二号証も、被控訴人サスーンからスチブンス社に宛てて出されていることが認められ、また被控訴会社からのその后の交渉もすべてスチブンス社との間にせられていることが認められるので、右控訴人らの主張もまたこれを採用するに由がない。
(四) また控訴人らは、スチブンス社と被控訴人らとの間には意匠権の再実施についての契約もなく、また先使用権についてはもともと実施権の設定自体が許されないから、スチブンス社の有する先使用権についての被控訴人らの実施は違法であるという。しかし被控訴人らの本件ラジオ受信機の製造販売は、何もスチブンス社からその先使用権の実施を許されてこれをしたものではなく、契約関係ではあるが、スチブンス社の命を受けてその命のままにこれをしたに止まるものであり、いわばスチブンス社の機関的な関係でスチブンス社の有する先使用権そのものを行使したにすぎないものと解すべきであるから、この控訴人らの主張も失当である。
(五) 控訴人らは若し右のように解すべきものとすれば、先使用権の範囲は無限に拡大されることとなり、先願主義の例外措置として設けられた先使用権制度の本旨は没却されてしまうとも主張する。しかし先使用権の制度は、先願主義をとる我が法制の下において、先願者と先考案者との保護の均衡等を計らんとして設けられたものであり、従つて先使用による実施権の範囲は、先使用者が当該意匠の登録出願当時に現に実施していた事業以外にこれを及ぼすことはできないものではあるが、その事業の範囲内においては、その事業の拡大強化等は当然にこれを為し得るものと解するのが相当であり、右控訴人らの主張もまたこれを採用することはできない。
(六) なお控訴人らは丙第一号証中の「all rights to the design of this radio」にいう「all rights」とは右ラジオの「意匠」についてのものではなく、その販売に関する一手販売権のことを指すものとして種々の主張をするが、前認定の各事実に丙第一号証の文言を総合して考察すれば、右にいう「すべての権利」は「意匠」についてのものと解せざるを得ないものであることを前認定のとおりであつて、このことは、たとえ、右丙第一号証による契約中にその意匠についての登録出願等の事項について何らの定めがせられていないにせよ、また本件意匠についてスチブンス社が我が国及びその本国である米国においてその登録出願の手続をせず、却つて控訴人新井において右両国でその手続をし登録を受けた事実があるにせよ、その結論を異にすべきものとは考えられない。
(七) また控訴人らは丙第一号証に基づく契約は既に昭和三四年四月中に解除せられており、従つて被控訴人らは右契約の条項を援用しての先使用権の抗弁をすることはできないと主張する。そして前示証人大原弘、古田重郎の各証言及び控訴会社代表者兼控訴本人新井実の供述からすれば、丙第一号証の契約後右契約に従いスチブンス社及び阪急貿易から控訴会社に交付せられた前記金型代金は相殺の形ではあるが、その後月日はあまり明瞭ではないが、大体において昭和三四年四、五月頃には控訴会社よりスチブンス社及び阪急貿易に返還せられ、スチブンス社側においてこれを受取つている事実が認められるので、前記の契約は少くとも右金型代金返還の時には解除せられているものと認めるのが相当である。しかし丙第一号証による契約といつても、その契約条項中には本件ラジオの製造及び販売に関する取引条項の外に、本件意匠についての帰属条項があり、右意匠についての条項は、前認定の事実関係から考え、本件意匠が元来スチブンス社側の発案から考案せられるに至つたものであり、細部については控訴会社側の考案も取入れられてはいるが、その基本的構想はスチブンス社の社長であるクラインの創案であるところから、その意匠に関する権利は、控訴会社としてもこれをスチブンス社側に属することを認めざるを得ない立場から、前記のような承認条項が前記の契約条項中に入つたにすぎないものと解せられ、従つて右条項も右契約条項中の一条項とせられてはいるが、その性質は双務契約たる性質を有する取引条項とは異なり、単独行為たる性質を持ち、通常の契約解除の対象とはなり得ないものと解するのが相当であるから、前記の契約が解除せられたとしても、その解除は右契約条項中における取引条項に限つてその効果を発生するにすぎないものであり、意匠権帰属に関する条項には何らの影響をも及ぼすものではないと解すべきであり、右条項はなおその効力を有するものというべきである。従つてこの意味においても右控訴人らの主張は失当であるが、更に先使用権は、意匠登録出願の際現に善意にその意匠実施の事業をしていた者に対し与えられるものであつて、本件においてスチブンス社が控訴人新井の本件登録意匠の出願の際、右の要件を具備していたものであることは前認定のとおりであつて、この事実はたとえ丙第一号証の契約が解除となつたとしても、これを抹殺し得べくもない事柄なのであるから、この趣旨においても右控訴人らの主張はとうていこれを採用することはできない。
六、以上のとおりであるから、被控訴人らの本件ラジオの製造販売行為は適法なものであつて、何ら控訴人らの権利を侵害するものとはいえないものであり、その侵害を前提としてする控訴人らの本訴請求は爾余の争点について判断するまでもなく失当であつて、これと趣旨を同じくする原判決は相当である。
よつて本件控訴はこれを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。